EXIT兼近大樹の出身地・札幌の真実|壮絶な極貧生い立ちと家族の絆
お笑いコンビ「EXIT」のボケ担当として、ネオ渋谷系チャラ男漫才で一世を風靡した兼近大樹さん。バラエティ番組の第一線で活躍し続けるだけでなく、情報番組のコメンテーターや小説の執筆など、その活動の幅は年々広がりを見せています。トレードマークであるピンク髪と底抜けに明るいキャラクターが定着していますが、その笑顔の裏側には、想像を絶する過酷な生い立ちと家族をめぐるドラマが存在します。
兼近さんのルーツは北の大地・北海道札幌市にあります。幼少期に直面した極限の貧困生活、家計を支えるために選んだ高校中退という決断、そしてどんな逆境でも明るさを失わなかった母親との強い絆。本稿では、報道各社の取材データや自著『むき出し』で語られた本人の証言をもとに、兼近大樹さんの出身地や学歴、壮絶な生い立ちと現在の活躍までを徹底検証します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:出身地は北海道札幌市北区新川。小・中学校時代は野球の才能を発揮するも、家庭の経済的理由から進路変更を余儀なくされた。
- 要点2:定時制高校を中退後、10代から鳶職や新聞配達で家計と妹の学費を支え続けた「ヤングケアラー」としての過酷な生い立ちを持つ。
- 要点3:悲壮感を吹き飛ばす母のポジティブ教育が原点となり、ブレイク後は家族へ家をプレゼントするなど強い絆で結ばれている。
【出身地と学歴】北海道札幌市北区での少年時代|出身中学から高校中退を選んだ理由
兼近大樹さんの出身地は北海道札幌市北区です。新川地区の緑豊かな住宅街で生まれ育ち、地元の公立校である札幌市立新川南小学校から札幌市立新川中学校へと進学しました。
中学時代の兼近さんは野球部に所属し、エースピッチャーとして目覚ましい活躍を見せていました。当時の投球センスは強豪私立高校からスカウトや特待生としての推薦打診を受けるほどの実力でしたが、野球を続けるには高額な遠征費や用具代が必要です。母子家庭の厳しい経済状況を誰よりも理解していた兼近さんは、甲子園という夢を自ら封印する道を選びました。
中学卒業後、昼間に働きながら学べる定時制高校へ進学したものの、最終的に高校中退を決断します。この選択は学業不振や素行不良によるものではなく、「一刻も早く働いて母を助け、妹を高校へ通わせたい」という一心からでした。10代半ばから朝刊の新聞配達と建設現場の鳶職を掛け持ちし、自らの青春を犠牲にして家族の生活費を稼ぎ出す日々が続きました。
壮絶を極めた実家の貧乏生活と生い立ち|「ティッシュとマヨネーズ」に隠された母の教え
兼近さんが語る幼少期のエピソードは、現代の日本とは思えないほど壮絶なものです。両親の離婚後、母親の手ひとつで育てられた兼近家では、電気やガスが日常的に止められる生活が続きました。
食べるものが一切なくなった夜、空腹に耐えかねた兼近少年が「ティッシュにマヨネーズをかけて口にした」という話や、夜寝ている間に耳をネズミにかじられたという逸話は、テレビ番組や自著でも赤裸々に語られています。クリスマスや誕生日プレゼントを買う余裕がなかった際、母親は夜空を指差して「あの輝く星が今年のプレゼントだよ」と笑い飛ばしたといいます。
凄惨な貧困環境にありながら兼近さんがグレることなく、むしろ周囲を笑わせるユーモアを培えた背景には、この母親の底抜けに明るい教育方針がありました。「うちは貧しいんじゃなくて、あえてシンプルに生きているだけ」という母の言葉が、過酷な現実をポジティブに捉え直す精神的な支柱となりました。
【家族構成と兄弟の絆】母・照美さんのポジティブ教育と現在への恩返し
兼近家の家族構成は、母親の照美さんと兄、姉、兼近さん、妹の4人兄弟です。父親との別離後、女手一つで4人の子どもを育て上げるため、母・照美さんは昼夜を問わず働き詰めでした。
兄弟仲は非常に緊密で、長男である兄は音楽活動を行うなどそれぞれの道を歩みつつも、常に連絡を取り合う関係を保っています。とりわけ年の離れた妹に対する兼近さんの愛情は深く、自らの学業を諦めてまで工面した給料は、すべて妹の進学費用や生活費に充てられました。
EXITとしてブレイクを果たした兼近さんは、長年の苦労をかけた母親に対し、地元・北海道に一軒家をプレゼントしたことを公表しています。かつて雨漏りと隙間風に悩まされた極狭アパートから、母が安心して暮らせる終の棲家を用意するという、少年時代からの誓いを見事に果たしました。

【客観データ比較】兼近大樹の歩みと一般的な家庭環境・キャリア推移の対比
兼近さんが歩んできたキャリアと生育環境は、一般的な同世代の平均値と比較すると極めて特異な軌跡を描いています。その変遷と背景をデータとともに整理します。
| 項目 | 詳細・生い立ちの事実 | 一般的な基準・相場 | 編集部の見解・評価 |
|---|---|---|---|
| 出身地・居住環境 | 北海道札幌市北区新川(木造アパート、ライフライン停止経験) | 全国平均の相対的貧困率は約15.4%(厚生労働省調査) | 深刻な貧困層に位置しながらも地域コミュニティとの接点を維持 |
| 最終学歴 | 中卒(定時制高校中退) | 高校進学率98.8%、大学進学率約57%(文部科学省統計) | 就学機会を家族支援に捧げた自己犠牲的選択 |
| 10代の主な就業 | 新聞配達、建設業(鳶職・肉体労働) | アルバイト(学費・小遣い目的の短時間労働が主流) | フルタイムの家計主担者(ヤングケアラーの実態) |
| 上京・芸能界入り | 東京NSC19期生 → 2017年「EXIT」結成 | 養成所入所平均年齢20代前半 | 遅咲きながら圧倒的個性と自己プロデュース力で即座に頭角 |
ネットの誤解と真相解明|「チャラ男キャラ」と過酷な過去のギャップを読み解く
兼近大樹さんに対しては、テレビで見せる軽薄な「チャラ男」のイメージから、「単なる遊び人だったのではないか」「苦労知らずの若手タレントではないか」という誤解が向けられることが少なくありませんでした。
しかし、ネット上の噂や過去の報道の真相を紐解くと、そこにあったのは遊び呆ける若者像とは真逆の、情報弱者として過酷な環境に置かれていた若者の姿でした。本人が自著『むき出し』で率直に綴っているように、北海道での思春期は「普通」の基準すら知らされず、頼るべき大人や社会的セーフティネットが存在しない孤立無援の状態でした。
上京を決意したのも、かつて読んだ本や又吉直樹さんの作品に感銘を受け、「自分のような境遇の人間でも言葉と笑いで人生をやり直せる」と信じたからです。虚構のキャラクターを演じることで過去を隠すのではなく、すべてを受け入れた上でエンターテインメントへと昇華させた点こそが、多くの支持を集める最大の理由です。

【社会学・心理学的考察】逆境をバネにする「レジリエンス」とヤングケアラーの構造課題
兼近さんの生い立ちは、現代の家族社会学や心理学における「ヤングケアラー」と「心理的レジリエンス(精神的回復力)」の観点から極めて示唆に富む事例です。
未成年期に家族の介護や家計の維持を一手に背負うヤングケアラーは、学業の断念や社会的孤立といった深刻なリスクを抱え込みがちです。兼近さんも一歩間違えれば貧困の世代間連鎖から抜け出せない危険性を孕んでいました。しかし、彼が破滅的な結末を回避できた要因には、家庭内に「精神的な安全基地」が存在していたことが挙げられます。
母親が貧困を恥じることなくユーモアで包み込み、家族全員がお互いを責めずに助け合う空気感があったことで、兼近さんの内面には強い自己肯定感と他者への深い共感能力が育まれました。過酷なストレス環境をただ耐え忍ぶのではなく、意味を再定義して乗り越える高度な心理的適応が働いていたと考えられます。
【プロの結論】家族社会学と心理的レジリエンスから見出す教訓
兼近大樹さんの歩みから私たちが学ぶべき教訓は、「環境の過酷さそのものよりも、そこに意味を与える心理的バウンダリー(境界線)と共感関係の有無が個人の未来を左右する」という事実です。
家族の貧困やトラブルに直面した際、以下の視点を持つことが人生の再構築において決定的な差を生み出します。
- 逆境をポジティブに再定義できる人:事実(貧困)と自己価値を切り離し、現状をユーモアや学びの機会として捉え直すことで、他者への深い優しさと独自の強みへと転換できる。
- 環境の犠牲者として孤立してしまう人:制度的支援へのアクセスや信頼できる他者を持てず、過去の境遇を呪うことにエネルギーを浪費し、新たな挑戦への一歩を踏み出せない。
【現在の活動】地元・北海道札幌への想いと進化を続けるマルチな挑戦
兼近さんは、お笑い芸人としての枠組みを完全に超えたマルチな表現者として確立されています。情報番組『ABEMA Prime』での忖度のない率直なコメントは、若年層のみならず幅広い世代から「当事者の痛みがわかる言葉」として厚い信頼を獲得しています。
また、地元・北海道札幌市への貢献活動にも情熱を注いでいます。道内での特別番組出演やチャリティイベント、児童福祉に関する発信など、自らが育った地域への恩返しを形にし続けています。「自分が経験したような理不尽な思いを、次の世代の子どもたちにはさせたくない」という思いが、現在の精力的な活動の根底に流れています。
相方のりんたろー。さんと共に歩むEXITとしてのステージも円熟味を増し、単なるブームで終わらない確固たる地位を築き上げています。過去の傷跡を隠すことなく背負い、それを光に変えて届ける兼近さんの姿勢は、多くの人々に勇気を与え続けています。
【兼近大樹 出身】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:兼近大樹さんの出身地は北海道札幌市のどこですか?
A1:北海道札幌市北区新川の出身です。小・中学校は地元の札幌市立新川南小学校、札幌市立新川中学校を卒業しています。
Q2:出身高校を中退した本当の理由は何ですか?
A2:家計を支えるためです。母子家庭で育ち極貧生活だったため、定時制高校へ進学後、昼夜を問わず新聞配達や建設業(鳶職)で働き、自らの学費よりも妹の学費や家族の生活費を優先して中退を選びました。
Q3:現在の家族関係や母親への親孝行は続いていますか?
A3:非常に良好です。ブレイク後に地元・北海道へ母親のための新築一軒家をプレゼントしたことが知られており、現在も4人兄弟や母親と強い絆で結ばれています。
まとめ:過酷な生い立ちを優しさと笑いに変えた唯一無二の表現者
EXIT・兼近大樹さんの出身地である北海道札幌市での少年時代は、極限の貧困とヤングケアラーとしての重責に満ちたものでした。しかし、どんな苦境にあっても笑いを忘れなかった母親の教えと、家族を思いやる強い責任感が、現在の兼近さんを形作る揺るぎない土台となっています。
自らの痛ましい過去から目を背けず、言葉と行動で社会へ還元し続けるその生き様は、現代社会を生きる多くの人々に深い示唆と希望を与えています。札幌から羽ばたき、進化を続ける兼近大樹さんの今後のさらなる挑戦から目が離せません。 (出典: 兼近大樹 出身(Yahoo!ニュース))