国道15号の通称は第一京浜だけじゃない!区間別の名称と由来を解説
東京・日本橋と横浜を結ぶ大動脈「国道15号」。一般的に「第一京浜」という通称で広く認知されていますが、走行する区間によって「中央通り」や「青木通り」など、まったく異なる道路愛称で呼ばれている実態をご存知でしょうか。日常的に利用しているドライバーであっても、銀座周辺と品川周辺でなぜ呼び名が変わるのか、あるいは並行する国道1号(第二京浜)とどのような歴史的・構造的な違いがあるのかを正確に把握しているケースは意外に多くありません。
高度経済成長期から首都圏の物流と人流を支え続け、正月恒例の「箱根駅伝」の晴れ舞台としても親しまれている国道15号。品川・高輪エリアの大規模再開発や羽田アクセス道路網の刷新が進む2026年現在、その役割と交通環境は新たな局面を迎えています。本稿では、国土交通省の公式道路台帳や東京都・神奈川県の都市計画資料、沿道の歴史的資料に基づき、国道15号の区間別愛称の全貌から第一京浜命名の経緯、第二京浜との見分け方までを徹底的に解剖します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:国道15号の通称は「第一京浜(新橋〜横浜・青木通)」のほか、銀座エリアの「中央通り」や横浜市内の「青木通り」など区間別に複数存在する。
- 要点2:歴史的には旧東海道の本筋が国道15号(第一京浜)であり、交通混雑緩和のバイパスとして後から新設された新京浜国道が現在の国道1号(第二京浜)となった。
- 要点3:箱根駅伝の往路1区・復路10区のメインルートであり、2026年現在の品川駅周辺再開発に伴う走行車線の変更や渋滞ポイントの把握が実走時の鍵となる。
【区間別の愛称一覧】なぜ銀座では「第一京浜」と呼ばれないのか?
国道15号の全長は約29.2kmにおよび、東京都中央区日本橋を起点として神奈川県横浜市神奈川区の青木通交差点を結んでいます。地図上では一本の国道として指定されていますが、実際に道路標識や日常会話で使われる道路通称(東京都通称道路名・横浜市道路愛称)は区間ごとに細かく分かれています。
多くの人が「国道15号=第一京浜」と認識しているものの、新橋交差点より北側の銀座・日本橋エリアでは「第一京浜」という呼称は使われません。東京都が制定した正式な通称道路名において、この区間は「中央通り」と定められているためです。
国道15号の主要な区間別愛称と境界ポイント
- 中央通り区間(日本橋〜新橋交差点):日本橋の「日本国道路元標」から銀座8丁目の新橋交差点までの約2.9km。日本屈指の商業地・銀座の中心街を縦断し、休日の歩行者天国でも名高いエリアです。
- 第一京浜区間(新橋交差点〜青木通交差点):新橋交差点を起点とし、港区、品川区、大田区、川崎市川崎区・鶴見区を経て、横浜市神奈川区の青木通交差点に至る約26kmの基幹セクション。広域的な幹線道路としての実質的な本体部分にあたります。
- 青木通り区間(青木通交差点付近):横浜市神奈川区栄町から青木通交差点周辺の短いアプローチ区間。地元では古くからの地名に由来する「青木通り」として親しまれ、ここで国道1号本線と合流・接続します。
このように、新橋交差点を境として南側がビジネス・産業輸送路としての「第一京浜」、北側が商業・文化の中心地としての「中央通り」という明確なキャラクターの棲み分けがなされています。

国道15号と国道1号(第二京浜)の違い|ルート・歴史・見分け方の全貌
ドライバーや地域住民の間で最も混同されやすいのが、「国道15号(第一京浜)」と「国道1号(第二京浜)」の位置関係とスペックの違いです。名前に「第一」「第二」と付いているため、「1号が第一京浜で、15号が第二京浜だろう」と直感的に誤解してしまうケースが後を絶ちません。
実際にはその逆であり、海側(東側)を走る国道15号が「第一京浜」、内陸側(西側)を走る国道1号が「第二京浜」です。両路線の違いをデータと構造面から比較検証したのが下表です。
| 比較項目 | 国道15号(第一京浜) | 国道1号(第二京浜) | 編集部の着眼点・見分け方 |
|---|---|---|---|
| 起点・終点 | 起点:中央区日本橋 終点:横浜市神奈川区栄町 | 起点:中央区日本橋 終点:大阪府大阪市北区 | 第二京浜としての指定区間は品川区西五反田〜横浜市神奈川区 |
| 地理的ルート | 海沿い・東側寄り(芝、品川、大森、川崎、鶴見) | 内陸・西側寄り(五反田、馬込、多摩川大橋、都町) | 京急本線・JR東海道線に並行するのが15号、都営浅草線内陸部を通るのが1号 |
| 歴史的出自 | 江戸時代の旧東海道が原形 | 昭和初期に着工された近代バイパス(新京浜国道) | 道幅や交差点設計に「近代都市計画道路」の設計思想が色濃く残る |
| 車線数と道路幅員 | 片側2〜4車線(市街地密集型) | 片側3車線+緑地帯(全幅約44mの広幅員) | 第二京浜は直線主体で広々としており、第一京浜は沿道建物が密集 |
| 箱根駅伝ルート | 往路1区・復路10区の本線 | 往路2区・復路9区の一部(保土ヶ谷以西) | 鶴見中継所までの激走が繰り広げられるのは第一京浜(15号) |
第一京浜の由来と歴史的背景|旧東海道から新道路網への変遷
なぜ歴史の古い海側の幹線道路が「国道15号」という2桁番号を背負い、後から造られたバイパスが「国道1号」を名乗っているのでしょうか。ここには日本の近代道路行政における番号再編のドラマがあります。
明治から昭和初期:旧東海道から「明治1号国道」へ
国道15号の原型は、江戸幕府が整備した五街道の筆頭である旧東海道です。明治時代に入り、1885年(明治18年)の太政官布告によって日本初の近代道路ナンバリングが行われた際、日本橋から横浜港を結ぶこの海側のルートが「国道1号(明治国道1号)」に指定されました。
当時、生糸の輸出港として急速に発展していた横浜と帝都・東京を結ぶ京浜間は、日本で最も交通需要の高い最重要輸送路でした。大正時代の大改修を経て「京浜国道」として舗装化が進められましたが、産業の発展とモータリゼーションの到来により、昭和初期には深刻な交通麻痺に陥ることになります。
新京浜国道の建設と1952年の番号逆転
逼迫する交通量を分散させるため、内陸側に当時としては規格外の片側3車線・幅員44mを誇る弾丸道路「新京浜国道」の建設が計画され、1936年(昭和11年)に着工、戦後1958年に全線開通しました。
そして1952年(昭和27年)、新道路法に基づく路線指定が行われた際、将来の国土軸となる東京〜大阪間の「一級国道1号」に選ばれたのは、線形が良く道幅の広い内陸側の「新京浜国道」でした。これに伴い、元祖・京浜国道であった沿岸ルートは「一級国道15号」へと再編されることになったのです。
この経緯から、東京都と神奈川県が1963年に道路愛称を設定する際、元祖ルートである15号を「第一京浜」、バイパスとして誕生した1号を「第二京浜」と命名しました。つまり、「番号の順番」ではなく「作られた歴史的順序」に基づいて第一・第二が割り振られたのが真相です。

箱根駅伝の華舞台|名勝負を生む走行コースとしての国道15号
毎年1月2日・3日に開催される東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝)において、国道15号はレース展開を決定づける最重要コースとして世界中に中継映像が配信されます。
往路1区(大手町・読売新聞社前〜鶴見中継所)および復路最終10区(鶴見中継所〜大手町)の約21kmにわたり、選手たちは国道15号を駆け抜けます。新橋を抜け、増上寺大門を右手に見ながら品川駅前を通過し、大森、蒲田、多摩川にかかる六郷橋を渡って川崎市へ入るルートは、高低差こそ少ないものの海風とビル風が複雑に入り乱れる難所です。
特に蒲田踏切跡地周辺の平坦路や、六郷橋の登り下り、そして鶴見中継所手前のラストスパート区間は、数々のドラマと大逆転劇を生んできました。沿道に押し寄せる大歓声とともに、国道15号は単なる輸送インフラを超えて、日本の正月の風物詩を象徴するステージとして機能しています。
【2026年最新】国道15号の渋滞状況と都市再開発に伴う走行環境の変化
2026年現在、国道15号を取り巻く走行環境は品川・高輪エリアの大規模都市再生プロジェクトによって大きな変革期を迎えています。国土交通省関東地方整備局の交通センサスデータおよび警視庁の最新交通監視情報によると、国道15号の平日昼間12時間交通量は依然として4万台〜5万5,000台の高水準で推移しており、一部区間で慢性的なボトルネックが発生しています。
主要な渋滞ポイントと2026年現在の走行注意点
- 品川駅西口・高輪ゲートウェイシティ周辺:未来型スマートシティの本格稼働に伴い、品川駅周辺の国道15号上空を活用した歩行者デッキや次世代交通ターミナル(京急品川駅地平化工事含む)の整備が進行中です。車線規制や夜間工事が散発するため、日中ピーク時の速度低下が顕著です。
- 大森警察署前〜南蒲田交差点:環状8号線との接続部や羽田空港方面への分岐が集中し、物流トラックと一般車の合流による織り込み渋滞が朝夕に発生します。
- 六郷橋〜川崎競馬場前:東京都と神奈川県の境となる六郷橋南詰交差点および川崎市街地への流入交差点は、信号サイクル待ちによる車列が伸びやすいポイントです。
近年の信号制御高度化(AIを活用したリアルタイムプローブデータ連動型シグナル)の導入により、かつてのような完全停滞は緩和傾向にありますが、走行時は事前に最新のVICS情報や渋滞マップの確認が欠かせません。

【実態検証】プロが教える「ルート選択」の判断基準と都市インフラの教訓
東京〜横浜間を一般道で移動する際、「国道15号(第一京浜)」と「国道1号(第二京浜)」のどちらを選択すべきかは、ドライバーの目的地と走行時間帯によって明確に分かれます。現場取材と走行テストから導き出した最適な判断基準は以下の通りです。
第一京浜(国道15号)を選択すべきドライバー
- 目的地が海沿い・羽田・ベイエリア周辺の場合:港区南部(三田・田町)、品川駅東口(港南)、天王洲、羽田空港、川崎臨海部、生麦、横浜みなとみらい方面を目指す場合は15号が最短アクセスを提供します。
- 店舗・商業施設への立ち寄りが必要な場合:沿道にロードサイド店舗、コンビニエンスストア、ガソリンスタンドが密密に立ち並ぶため、利便性を最優先する市街地走行に適しています。
第二京浜(国道1号)を選択すべきドライバー
- 東京〜横浜間をノンストップで通過したい場合:幅員が広く交差点の右折ポケットも整備されているため、第一京浜に比べて平均旅行速度が高い傾向にあります。渋谷・目黒・五反田方面からの直通にも最適です。
- 夜間・早朝のスムーズな巡航を狙う場合:直線区間が多く見通しが良いため、信号停止のストレスを最小限に抑えられます。
【プロの結論】都市計画と愛称が物語るインフラの境界線
道路の愛称は、単なる行政上の識別記号ではありません。歴史的な「旧東海道(第一京浜)」が人々の生活と密着した商店街や宿場町の面影を色濃く残すのに対し、都市計画で生まれた「新京浜国道(第二京浜)」は純粋な大量輸送路としての機能美を追求しています。
同じ京浜間を結ぶ2本の国道が、異なる通称とともに独自の都市景観を形成している背景を理解することは、首都圏の成り立ちを読み解く上での重要な視点となります。
【国道15号 通称】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:国道15号の通称は「第一京浜」以外に何がありますか?
A1:起点である日本橋から新橋交差点までは「中央通り」、新橋交差点から横浜市神奈川区の青木通交差点までが「第一京浜」です。また、横浜市内の終点付近では局所的に「青木通り」と呼ばれることがあります。
Q2:国道15号(第一京浜)と国道1号(第二京浜)はどちらが先にできたのですか?
A2:道路そのものとしては国道15号(第一京浜)が先です。旧東海道をベースに明治時代に整備された元祖・京浜国道であり、その混雑を解消するために昭和初期に新設されたバイパスが国道1号(第二京浜)です。
Q3:なぜ後からできた第二京浜が「国道1号」になったのですか?
A3:1952年(昭和27年)の道路法改正時、東京から大阪を結ぶ国土の大動脈として、より道幅が広く高規格に設計されていたバイパス側(第二京浜)を一級国道1号に指定し、歴史ある旧京浜国道を一級国道15号に再編したためです。
Q4:箱根駅伝で選手が走るのは第一京浜ですか、第二京浜ですか?
A4:往路1区および復路10区で大手町と鶴見中継所を結ぶ区間として走るのは「第一京浜(国道15号)」です。保土ヶ谷や権太坂周辺を走る2区・9区では国道1号本線を走行します。
まとめ:歴史と都市機能が交差する国道15号を賢く走る
国道15号の通称は「第一京浜」という代表格を持ちながらも、中央通りや青木通りといった地域に根ざした顔をあわせ持っています。江戸の街道文化を継承し、昭和の近代化とともにナンバリングの再編を経験したその軌跡は、日本のモータリゼーションの歴史そのものです。
品川周辺の都市再開発や次世代モビリティインフラの導入が進む現在、国道15号は単なる移動のための道路から、国際都市・東京と港湾都市・横浜をつなぐスマートストリートへと進化を続けています。歴史の厚みと最新の交通動態を頭に入れ、目的に応じた賢いルート選択に役立ててください。 (出典: 国道15号 通称(Yahoo!ニュース))