山下智久の歴代グループ変遷と脱退の真相|NEWS結成から現在まで解説
ソロアーティストや国際派俳優として独自のキャリアを切り拓く山下智久。2026年現在、Netflixなどの世界配信作品や大規模アリーナツアーで圧倒的な存在感を示し続ける彼ですが、その歩みを振り返ると、数々の伝説的グループや特別ユニットで残した輝かしい軌跡が存在します。
ジャニーズJr.黄金期を牽引した「Four Tops」から、バレーボールワールドカップのイメージキャラクターとして結成された「NEWS」、そして日本中を巻き込む社会現象となった「修二と彰」まで、彼が所属したグループの変遷には常にファンの熱い視線とドラマが交錯していました。本稿では、歴代所属グループの全貌やメンバーの変遷、2011年のNEWS電撃脱退に秘められた真相、さらには元メンバーたちとの現在の関係性まで、当時の取材記録や公式発表をもとに徹底解剖します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:山下智久はJr.時代のFour TopsやB.I.G.を経て、2003年にNEWSのリーダー格としてCDデビューを果たした。
- 要点2:2011年のNEWS脱退は「不仲」ではなく、ソロ活動への強い渇望と海外志向、そしてグループに甘えないための覚悟による決断だった。
- 要点3:2026年現在も錦戸亮や亀梨和也、NEWS現役メンバーらとは互いにリスペクトし合う良好な関係を維持している。
【歴代一覧】山下智久が所属したグループ・ユニットの変遷
山下智久の所属歴を整理すると、期間限定ユニットを含めて非常に多彩なフォーメーションで活動してきたことが分かります。アイドルとしての王道路線から、企画性の高いコラボレーションまで、どの時代においても中心人物としての役割を担ってきました。
以下は、山下智久がこれまで正式に所属・結成した主なグループおよびユニットの一覧と比較データです。
| グループ・ユニット名 | 活動時期 | 構成メンバー | 代表作・主な実績 |
|---|---|---|---|
| B.I.G. | 1998年〜1999年 | 山下智久、生田斗真 ほか流動的 | 『8時だJ』レギュラー出演、Jr.黄金期の主力 |
| Four Tops | 2002年〜2003年 | 山下智久、生田斗真、風間俊介、長谷川純 | 『ザ少年倶楽部』司会、伝説のJr.トップ4 |
| NEWS | 2003年〜2011年(山下在籍) | 山下智久、小山慶一郎、加藤成亮、増田貴久、手越祐也、錦戸亮(初期は9人) | 『NEWSニッポン』『希望〜Yell〜』『weeeek』など多数のヒット |
| 修二と彰 | 2005年 | 亀梨和也(KAT-TUN)、山下智久 | 『青春アミーゴ』(売上160万枚以上のミリオンセラー) |
| GYM | 2006年 | GOLF、MIKE、山下智久 | 『フィーバーとフューチャー』(女子バレー国際大会テーマ) |
| The MONSTERS | 2012年 | 香取慎吾(SMAP)、山下智久 | 『MONSTERS』(ドラマ『MONSTERS』主題歌) |
| 亀と山P | 2017年、2020年 | 亀梨和也、山下智久 | 『背中越しのチャンス』、ドームツアー計画(情勢により中止) |

伝説のJr.ユニット「Four Tops」と生田斗真らとの知られざる絆
ファンの間で今なお神格化されているユニットが、2002年から2003年にかけて活動したFour Tops(フォートップス)です。メンバーは山下智久、生田斗真、風間俊介、長谷川純の4名。当時のジャニーズJr.を牽引するトップランナーとして、NHK『ザ少年倶楽部』の司会やコンサートの座長を務めました。
当時、ファンの間では「この4人でCDデビューするのではないか」と期待されていましたが、事務所の基本方針は「Jr.をまとめるリーダー的ユニットであり、グループとしてのデビューは想定しない」というものでした。その直後の2003年秋、山下智久が新グループ「NewS」のメンバーに選ばれ、事実上Four Topsは解体されることになります。
この電撃的な編成変更に対し、当時の生田斗真や風間俊介が複雑な心境を抱えたことは、後にテレビ番組の対談やドキュメンタリーでも率直に語られています。生田斗真は当時を振り返り、「山下だけがデビューすることになり、悔しさとやるせなさがあった」と吐露。しかし、その悔しさをバネに生田や風間は俳優路線へと舵を切り、確固たる地位を築きました。
2018〜2019年の『ジャニーズカウントダウンライブ』では、タッキー&翼のラストステージのバックダンサーとしてFour Topsが約16年ぶりに一夜限りの再集結を果たし、Twitter(現X)で世界トレンド1位を獲得するなど、4人の絆は時を超えてファンを感動させました。
NEWS結成から脱退までの全軌跡|初期9人から6人体制の変遷
2003年9月、「バレーボールワールドカップ2003」のイメージキャラクターとして結成されたのがNEWS(当初の表記はNewS)です。結成当時の初期メンバーは以下の9名でした。
- 山下智久
- 小山慶一郎
- 加藤成亮(現・加藤シゲアキ)
- 増田貴久
- 手越祐也
- 錦戸亮(関ジャニ∞と兼任)
- 内博貴(関ジャニ∞と兼任)
- 草野博紀
- 森内貴寛(現・ONE OK ROCKのTaka)
しかし、デビュー直後の2003年12月に森内貴寛が学業専念を理由に脱退(後にONE OK ROCKのボーカルとして世界的に大ブレイク)。さらに2005年に内博貴、2006年に草野博紀が不祥事や活動自粛に伴いグループを離脱します。
グループは一時的な活動休止を余儀なくされましたが、2007年の年明けから6人体制(山下、小山、加藤、増田、手越、錦戸)で再始動。『星をめざして』やGReeeeNが楽曲提供した『weeeek』などのメガヒットを連発し、東京ドーム公演を成功させるなど、名実ともにトップアイドルグループへと成長を遂げました。
この6人時代、山下智久はグループの圧倒的センターとしてフロントに立ち続けました。ドラマ『コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命-』や『プロポーズ大作戦』など主演作が軒並み大ヒットを記録し、山下個人の知名度と人気がグループの牽引力となっていたことは当時の音楽業界・メディア関係者の一致した見解です。

【実態検証】山下智久と錦戸亮がNEWSを脱退した真相
2011年10月7日、ジャニーズ事務所(当時)から発表された「山下智久・錦戸亮のNEWS脱退」は、エンタメ界に激震を走らせました。錦戸亮は関ジャニ∞の活動に専任し、山下智久はソロ活動へ専念するという公式発表でした。
当時、ネット上や一部週刊誌では「メンバー間の不仲」「グループ内格差による対立」といった憶測が飛び交いました。しかし、その後の本人たちの手記やインタビューを精査すると、脱退の引き金となったのは人間関係の破綻ではなく、表現者としての方向性とキャリアビジョンの乖離でした。
山下は2009年に初のソロコンサートを成功させ、2011年春にはアジアツアー(香港、台湾、韓国、タイなど)を敢行。この経験を通じて、「自分一人でどこまで勝負できるか挑戦したい」「グループという安全基地に甘えている自分を変えたい」という思いを強く抱くようになりました。関係者の証言によると、ツアーやドラマ撮影で多忙を極める中、グループ活動とのスケジュール調整が限界に達していたことも大きな要因でした。
残されたメンバー(小山、加藤、増田、手越の4人体制)にとっては過酷な試練となりましたが、NEWSはその後『チャンカパーナ』で劇的な復活を遂げ、互いに別の道を歩みながらそれぞれの存在価値を高め合っていくことになります。
国民的社会現象となった「修二と彰」から「亀と山P」の奇跡
山下智久のグループワークを語る上で欠かせないのが、KAT-TUNの亀梨和也とのタッグです。2005年、日本テレビ系ドラマ『野ブタ。をプロデュース』での共演をきっかけに結成された期間限定ユニット修二と彰は、主題歌『青春アミーゴ』をリリース。発売初週で約52万枚、累計売上は162万枚以上を記録し、2005年の年間シングルランキング1位に輝きました。
異なるグループのエース同士が手を組むというジャニーズ史上初の大規模コラボレーションは、社会現象と呼ぶにふさわしいインパクトを残しました。
それから12年後の2017年、ドラマ『ボク、運命の人です。』での再共演を機に亀と山Pとして再結成。主題歌『背中越しのチャンス』も大ヒットを記録しました。2020年には初のオリジナルアルバム『SI』のリリースおよびドームツアーが発表されましたが、新型コロナウイルスの感染拡大と、同年秋の山下智久の独立が重なり、CD発売やツアーは惜しくも中止となりました。
しかし、2人の友情とリスペクトが途切れることはなく、2024年以降もSNSの生配信やプライベートでの交流が報告されるなど、ファンにとって希望の象徴であり続けています。

一般に知られていない盲点とネットの誤解
ネット上のまとめ記事やSNSでは、山下智久のグループ歴についていくつかの誤解が定着しています。客観的記録に基づき、代表的な誤解を是正します。
- 誤解1:「NEWSを突然裏切って見捨てた」という言説
脱退発表時は急な印象を与えましたが、実際には数カ月前から事務所幹部およびメンバーと幾度も話し合いが持たれていました。山下自身、グループを存続させるために自分が身を引くべきか苦悩を重ねた末の決断でした。 - 誤解2:「錦戸亮と共謀して同時に辞めた」という説
2人の脱退は同時に発表されたため「示し合わせた結託」と見られがちですが、錦戸は関ジャニ∞との掛け持ちによるスケジュールの物理的限界が主因であり、山下はソロ志向という異なる動機でした。結果として同じタイミングでの離脱となったのが実情です。 - 誤解3:「元メンバーと絶縁状態にある」という噂
独立直後はメディア上の制約から言及が控えられていましたが、プライベートでの連絡は続いており、錦戸亮とはイベント等で顔を合わせるなど関係は極めて良好です。
【プロの結論】グループ所属と独立自立のキャリア選択に見る教訓
心理学およびキャリア論の視点から山下智久の変遷を分析すると、日本型エンターテインメント組織における「アイデンティティの確立と組織からの自立プロセス」の典型例といえます。
集団の調和と役割分担を最優先する日本のグループアイドル文化において、個人の強い作家性や海外進出などの独立志向は、時に組織の枠組みと摩擦を生みます。しかし山下は、グループの看板に依存し続けるリスクを冒すのではなく、自らの足で立つ「個のブランディング」を早くから選択しました。
この決断は当時大きなハレーションを生みましたが、結果として2020年の独立以降、日仏米共同制作ドラマ『神の雫/Drops of God』での主演抜擢や海外エージェントとの直接契約など、世界基準のキャリアを築く土台となりました。組織の安全圏に留まるか、リスクを取って独自市場を開拓するかという問いに対し、山下の歩みは現代のビジネスパーソンにとっても示唆に富むケーススタディとなっています。
【山下智久 グループ メンバー】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:山下智久が一番最初に組んだジャニーズJr.内ユニットは何ですか?
A1:1998年頃に結成された「B.I.G.(Bad Image Boys / 後にBoys in Gang)」や「B.B.A.」などが初期の代表的なユニットです。特に生田斗真とともに初期B.I.G.のツートップとして高い人気を博しました。
Q2:NEWS脱退後、山下智久は元メンバーと共演していますか?
A2:テレビ番組等での公式共演は限定的ですが、音楽特番のバックステージでの交流や、SNS上での互いへのリスペクト発言が多数確認されています。また、元NEWSの錦戸亮とはイベント等で交流があり、不仲説は完全に否定されています。
Q3:なぜ「Four Tops」はCDデビューしなかったのですか?
A3:当時の事務所方針として、Jr.全体のリーダー役としてユニットを固定化せず、タッキー&翼のデビュー後のJr.を牽引させる目的があったためです。その後、バレーボールW杯に合わせた「NEWS」の選抜結成により、山下のみが別グループでCDデビューする形となりました。
Q4:亀梨和也との未発売アルバム『SI』が今後リリースされる可能性はありますか?
A4:音源は完成していましたが、山下の事務所独立に伴う権利関係および発売元の契約整理により、現時点での正式発売は未定となっています。ただし、両者の関係は極めて良好であり、将来的なコラボレーションへの期待は依然として高く持たれています。
まとめ:変遷の歴史が証明する山下智久の求心力とこれからの展望
Four TopsのカリスマJr.時代、NEWSの絶対的センターとして駆け抜けた青春期、そして修二と彰などの伝説的ユニット活動。山下智久が歩んできたグループの歴史は、そのまま平成から令和にかけての日本ポップカルチャーの黄金期と重なります。
グループという枠組みを超え、自らの意志でソロへの道、そして世界市場への挑戦を選んだ彼の決断は、現在グローバルに活躍する彼の姿によって正しさが証明されています。過去の仲間たちと築いた強固な絆を胸に、2026年以降も山下智久は唯一無二のエンターテイナーとして進化を続けていくことでしょう。 (出典: 山下智久 グループ メンバー(Yahoo!ニュース))